偉人

綱島梁川

綱島梁川 つなしま りょうせん ryousen tunasima(1873~1907) 明治期を代表する思想家・倫理学者。明治6年に有漢町市場に生まれ、19歳の時に東京専門学校(現在の早稲田大学)に学び、多くの著作を残し […]

児島虎次郎

児島虎次郎 こじま とらじろう (1881~1929)torajirou kojima  児島虎次郎は、明治14年(1881)に川上郡下原村(現高梁市成羽町)の旅館の次男として生まれました。 幼いころからその才能を認めら […]

山田方谷

山田方谷 やまだ ほうこく houkoku yamada(1805~1877) 江戸時代末期から明治時代初期の漢学者、備中松山藩士。名は球。通称は安五郎。字は琳卿。方谷は号。 藩主板倉勝静(いたくらかつきよ)のもとで藩政 […]

小堀遠州

小堀遠州 こぼり えんしゅう innsyu kobori(1579~1647) 江戸時代前期の大名、備中国奉行、茶人。幼名は作介。名は政一。遠州は通称。備中国奉行小堀正次の子で慶長9年(1604)父を継ぎます。 備中松山 […]

板倉勝静

板倉勝静 いたくら かつきよ katukiyo itakura(1823~1889) 江戸時代末期の備中松山藩主、老中首座。幼名は寧八郎、新十郎。号は庫山、松叟(しょうそう)伊勢桑名藩主松山平定永の八男で板倉勝職(かつつ […]

水谷勝隆

水谷勝隆 みずのやかつたか katutaka mizunoya(1597~1664) 江戸時代前期の備中松山藩主。水谷勝俊の長男として京都に生まれました。父の遺領の常陸国下館(現茨城県)、備中国成羽(現高梁市成羽町)を経 […]

三島中州

三島中州 みしま ちゅうしゅう thusyu mishima(1830~1919) 漢学者、備中松山藩士。名は毅。字は遠寂。通称は貞一郎。号は桐南、中洲、絵荘。14歳で山田方谷に学び、のち、斎藤拙堂、佐藤一斎に教えを受け […]

福西志計子

福西志計子 ふくにし しげこ sigeko fukunisi(1847~1898) 教育者。備中松山城下御前町で、松山藩士・福西伊織の家に生まれました。隣家の山田方谷に漢学を学び、岡山裁縫伝習所で裁縫を習ったあと、明治9 […]

留岡幸助

留岡幸助 とめおかこうすけ kousuke tomeoka(1864~1934) 宗教家、社会福祉家。16歳の時、高梁に来た伝道者ケレーの話に感激し、その後、同志社英学校別科神学科(現同志社大学)に入学、卒業後は牧師や教 […]

小堀遠州

小堀

備中国奉行小堀遠州1600年(慶長5年)の関が原の戦いで毛利氏は広大な領地を徳川に没収され、毛利氏の勢力圏にあった備中国は徳川氏の直接支配知となった。 そして、小堀正次(遠州)の父が備中国奉行として政治を行い、備中松山城 […]