高梁稲荷神社霜月大祭

  高梁市の年の瀬の風物詩、高梁稲荷神社で毎年12月の第1日曜日に行われる祭りです。 当日は稲荷神社から付近を歩行者天国にしているため、参道には露店が立ち並び、多くの参拝者が買い物を楽しみます。特に広場に立った […]

小堀遠州

小堀

備中国奉行小堀遠州1600年(慶長5年)の関が原の戦いで毛利氏は広大な領地を徳川に没収され、毛利氏の勢力圏にあった備中国は徳川氏の直接支配知となった。 そして、小堀正次(遠州)の父が備中国奉行として政治を行い、備中松山城 […]

頼久寺庭園の四季

「春」

「春」 「夏」 「秋」 「冬」

高梁キリスト教会

高梁キリスト教会館(池上邸)

     高梁キリスト教会高梁のキリスト教は、西洋文化、自由民権運動と共に、明治12年(1879)頃、維新後の苦境からの脱出と近代化を目指す人々によって導入、伝道が開始された。    教会の創立は明治15年(1882)で […]

薬師院・松連寺・定林寺

薬師院・松連寺

   薬師院・松連寺 ・ 定林寺    松連寺  松連寺真言宗御室派仁和寺の中本寺で、本尊は大日如来である。現在の寺は明暦3年(1657)、市内奥万田より備中松山藩主・水谷伊勢守勝隆により移築されたもの。武家諸法度で城の […]

頼久寺庭園(らいきゅうじ)

頼久寺

備中「高梁~玉島」一体観光

玉島地区(倉敷市)は約350年前、現在の高梁市を中心とした備中松山藩・水谷公により新田開発が行なわれた同じ備中松山藩の飛び領地。玉島港は平成20年に築港350年を迎えかつては玉島と高梁は、高梁川と高瀬通しで結ばれ、高瀬舟 […]

備中高梁「近代化遺産」巡り

「近代」とは、概ね明治維新から第二次世界大戦終結までを示し、「近代化遺産」とは産業、交通、土木など日本の近代化の歴史の中で生まれ機能してきた建造物を表す言葉です。 高梁市街地には明治22年に建築された高梁基督教会堂、旧順 […]

藩校有終館跡

藩校有終館跡

天保3年(1832)の大火により、内山下にあった有終館が類焼したが、時の学頭奥田楽山が中之町に再興した。同8年(1837)山田方谷が学頭となり、同10年(1839)市中再度の大火によりまた焼失した。嘉永4年(1851)山 […]

順正寮跡

順正寮跡

順正女学校は県下最初の女学校で、熱心なキリスト教徒であった福西志計子(しげこ)が、共鳴者の木村静子の協力を得て、明治14年(1881)、向町の自宅に裁縫所を開いたのに始まる。 順正寮は、明治29年(1896)新しい校舎と […]